アニメ・ゲーム業界の一流仕事人に訊く、ライターcrepuscularの長期連載。第48回は、有限会社バーナムスタジオ取締役社長で、株式会社ライデンフィルム代表取締役でもある、プロデューサーの里見哲朗さん。今最もホットなアニメのひとつといえば、ライデンフィルム制作の「東京リベンジャーズ」だろう。バーナムスタジオプロデュースの「魔法科高校の優等生」も、好調な滑り出しを見せている。過去作も「乃木坂春香の秘密」、「ロウきゅーぶ!」、「最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。」、「テラフォーマーズ」、「アルスラーン戦記」、「山田くんと7人の魔女」、「ベルセルク」、「モンスターストライク THE MOVIE はじまりの場所へ」、「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」、「裏世界ピクニック」等と名作ぞろいだ。海外原作のアニメ化にも積極的で、神風動画と組んで制作した「ニンジャバットマン」は、世界的にも高い評価を得ている。今回の記事ではそんな里見さんのキャリア、プロデュース論、仕事術、秘蔵エピソード、今後の挑戦等をお伝えする。アニメ業界が抱えている課題についても忌憚のないご意見を頂戴した。アニメを観るのが大好きな人、アニメ業界に興味がある人、アニメを仕事にしている人……アニメを愛するすべての人に贈る濃密単独インタビュー。ぜひ最後までお読みいただきたい。
現代に「アニメのプロデューサーはいない」
─このたびはお話をうかがうことができて光栄です。最初に、里見さんにとって「アニメのプロデューサー」とはどういう存在でしょうか?
里見哲朗(以下、里見) 僕は前提として、現代に「アニメのプロデューサーはいない」と思っています。「こういうアニメを作りましょう」と企画して、お金や人を集めてアニメを作り、それを販売・運用して、お金を回収する。これがアニメプロデューサーの仕事だとしたら、100%の仕事をしているプロデューサーはいませんからね。今は運用の幅も広がって、ひとりでまかなえる仕事ではなくなっていて、アニメを作るのを専門にする人、国内で売るのを専門にする人、海外で売るのを専門にする人、放送にまつわる部分を専門にする人、といった形で細かく分業されていて、製作委員会という形でチーム化されているんです。それに昔は、アニメを売るだけでOKだったんですけど、今はソーシャルゲームとのコラボレーションを決めたりとか、アニメを売ること以外のこともどんどんふくらんでいっているので、専門知識、人脈、市場の状況等を全部把握している人なんていないんです。だから、僕も含めて、部分的にはプロデューサーではあるけれども、絶対的なプロデューサーはいない、と思っています。
─里見さんは作品によって「アニメーションプロデューサー」と「プロデューサー」、2つのクレジットを使い分けておられます。「あいうら」(2013)、「テラフォーマーズ」(2014)、「ベルセルク」(2016~17)、「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」(2017)、「裏世界ピクニック」(2021)等ではアニメーションプロデューサーを、「アルスラーン戦記」(2015~16)、「はねバド!」(2018)、「東京リベンジャーズ」(2021)等ではプロデューサーを務められました。
里見 基本的に、僕が出資をしている時は「プロデューサー」になっています。「アニメーションプロデューサー」になっている時は、制作現場のプロデューサーという意味合いで使っています。ただ、「プロダクションマネージャー」というのも使っていて、これは現場のプロデューサーたちや制作会社そのもののマネジメントという意味で、最近では、そちらの肩書きを使うことが多くなっています。
─「アニメーションプロデューサー」の場合、映画は里見さんが単独で、テレビアニメは複数人でされることが多いようです。これはどういうお考えからでしょうか?
里見 メディアの違いというよりは、結果論、たまたまです。テレビシリーズはどうしてもひとりで全体を見渡せないことが多く、そういうことが起きやすいです。映画は大きなひとつの映像なので、分割することはあまりありません。本来的には同じようにやろうとしているけれども、それが機能したりしなかったりするだけです。
─「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」はテレビアニメですが、里見さんがおひとりでアニメーションプロデューサーをされています。これはうまく全体を見渡せた作品ということですね。
里見 そうですね……。ただ実際には、ライデンフィルムの中に実務をやってくれている人たちがいて、彼らに支えてもらってなんとかなっているので、みんなのおかげだと思っています。
─「乃木坂春香の秘密」(2008~09)や「ド級編隊エグゼロス」(2020)等では「プロデュース」、「カンピオーネ! ~まつろわぬ神々と神殺しの魔王~」(2012)や「最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。」(2014)等では「アニメーションプロデュース」という表記もありました。「ロウきゅーぶ!」(2011)や「私、能力は平均値でって言ったよね!」(2019)に至っては、個人名に加えて会社名の表記もありました。
里見 「バーナムスタジオ」という個人会社をやっていまして、個人でやっている時にはそういったクレジットを使っています。今放送している「魔法科高校の優等生」(2021)も、会社名で「アニメーションプロデュース」と表記していて、制作会社はCONNECTさんです。個人名と会社名の場合がありますが、使い分けに特に意味はありません。僕の名前が出過ぎると、忙しそうだと思われるかもしれない、くらいの理由です。だから、個人でやっている時には、「プロデュース協力」にすることもあって、「プロデューサー」表記をなるべく控えるようにしているんです。
苦しみの果てに生まれる、3段階のやりがい
―どんな時にプロデューサーとしてのやりがいを感じますか?
里見 立ち上げの時、完成した時、世に出してお客さんの反響があった時、の3段階ですね。やっぱりものを作る一番最初は、楽しいんですよ。できあがった時にも達成感がありますし、それをお客さんが観て反響があった時にもうれしくなりますね。逆に言うと、ほかはあんまり楽しくないですね(苦笑)。
―プロデューサーの仕事の大半はトラブル処理だ、と言うプロデューサーもいますね。
里見 プロデューサーが仕事をしている時は「プロジェクトがうまく行っていない時」、というのはある意味当たっていると思います。多分、優秀なプロデューサーは何もしないで、「ちーす」とか言って、差し入れとかを持ち込むだけで作品は完成するんですよ。クリエイターたちが仲よくいいフィルムを作ってくれて、委員会の人たちも「売れ行き好調っす!」という時は、「このプロデューサー、何もしてねぇな。いらないんじゃないの?」と言われるようになります。でも、「こいつら、口も聞かないぐらいケンカしてるぞ!」、「何とかテコ入れしないとヤバイぞ!」という事態になったら、プロデューサーが解決しないといけません。これがおっしゃる「トラブル処理」だと思うのですが、すごく働いていて優秀に見えるプロデューサーの中には、トラブルに気づかなかったりむしろトラブルを大きくしていて、忙しくても全然優秀じゃなかったりする人もいます。なので、忙しさはあまり関係なくて、トラブルを未然に防ぐのが優秀なプロデューサーです。できないけど。
―世に出せなかった作品は、結構あるのでしょうか?
里見 世に出ているのと同じぐらい、ポシャっているんじゃないですかね。コンペで負けたというのも含めればもっと増えますし、企画を結構進めていたけれど、いろんな人の事情で止まっちゃったりとか、作ってたら誰か別の人にかっさらわれたとか、まぁ、いろんなことがありますね(苦笑)。
─製作活動にあたり、一番影響を受けた作品は?
里見 好きな作品はたくさんあるんですけど、アニメ業界を目指すきっかけになった作品は、大学時代に観た「疾風!アイアンリーガー」(1993~94)です。「アイアンリーガー」きっかけで、業界の方とカラオケに行ったり飯を食ったり、「アイアンリーガー」の同人誌を描いていた漫画家さんともお知り合いになりました。僕は新潟県出身で、大学で東京に出てくるまで同人誌のカルチャーには全く縁がなかったので、あらゆることが目新しくて、人生的にはデカかったですね。
─早稲田大学在学中には、ワセダミステリクラブにも参加されていたとか。推理ものもお好きなのでしょうか?
里見 小説は、ミステリーやSFを結構読んでいましたね。どちらかというと、SFのほうが好きでしたけど。その当時、日下三蔵さんというクラブのOBで、編集者の方も出入りされていて、その方からもいろいろ教わりました。日下さんもアニメの大ファンでして、僕は日下さんの直系の弟子みたいな感じです。あと実写になりますけど、ブリッジヘッドという会社の代表で、ロバート・A・ハインライン原作「夏への扉 -キミのいる未来へ-」のプロデューサー、小川真司さんもクラブの先輩で、この間も一緒に飯を食いましたね。
「海外原作」をアニメ化、「人形劇」も手がける
─お好きな企画はありますか? フィルモグラフィーを拝見すると、幅広いジャンルの原作をアニメ化されていますね。
里見 今までは、「何でも渡してくれれば、ちゃんとプロデュースするぜ!」というスタイルのほうがカッコいいかなと思っていたんですけど、最近は少しずつ、レギュレーションを変えていっています。配信とかのおかげで、世界中のお客さんにタイムラグなく、作品を届けられるようになったので、もう少し切り口を変えて、海外の原作もアニメ化して行きたいなと思っています。
─里見さんはすでに、海外原作を手がけた経験をお持ちですよね。アメリカ原作には「トランスフォーマー アニメイテッド」(2010)や「ニンジャバットマン」(2018)、韓国原作には「アラド:逆転の輪」(2020)や「セブンナイツ レボリューション -英雄の継承者-」(2021)等があります。
里見 そうですね。あと虚淵玄さんが原案・脚本・総監修をしている、日本・台湾共同制作のテレビ人形劇「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」(2016、2018、2021)にも関わっています。アニメじゃないですけどおもしろいので、ぜひ観てみてください!
─「+(プラス)チック姉さん」(2011~12)は短編のWebアニメでしたが、里見さんが企画され、バーナムスタジオがTYOアニメーションズと共同で制作をしていました。
里見 一番最初に幹事のプロデューサーをやったのは「ギャラクシーエンジェル」の第1期(2001)で、能天気なギャグコメディだったんですけど、僕は基本、明るいものが好きなんですよ。だから、「+チック姉さん」はそういう中でのバリエーションですね。
なぜ、「エロゲー」のアニメ化は減ったのか?
─キャリア初期は、美少女ものが多いですね。
里見 過去作品で依頼が決まるので、偏りがちになるんですよ。美少女ものを受けたら美少女ものが来て、「サムライチャンプルー」(2004)を受けた時には、重いものが来るようになりました。
─最近は美少女ゲーム、いわゆる「エロゲー」原作のアニメがめっきり減りました。これは、プロデュース側の事情が変化したからなのでしょうか?
里見 僕らの事情というよりも、エロゲー自体が変わっていっているんだと思います。もともとテレビ放送と18禁って、相性が悪いじゃないですか。それでも当時は、無理をしてでもアニメにするぐらい、ものすごい需要があったんですよ。あの時期のエロゲーって、タイトルとイコールで結びつけられるくらい、絵描きやシナリオライターに圧倒的なカリスマがありました。「〇〇さんが原画を描いています」、「〇〇さんがシナリオを書いています」というのがブランドで、それが僕たちにはマンガ原作や小説原作と作者の関係のように見えていました。
それが今だと、1タイトルに何人も絵描きやシナリオライターがいて、クリエイターとゲームが分離する規模になっている。もちろん、例外はあるでしょうけど、過去の美少女ゲームのフォーマットは変化してきています。パッケージからダウンロードや SNS へとメディアが変わっているのもあるかもしれませんが、ことカリスマ性や作家性については薄くなっている気がします。これは美少女ゲームに限らず、ゲーム全般やアニメもそうなのですけど。そして、そういった意味での美少女ゲームのアニメ化まで含めると、それほど減ってないと思います。
僕も「Thunderbolt Fantasy」で、虚淵さんやニトロプラスさんと仕事をしていますし、エロゲー会社にはIPを創り出す能力が備わっていると思うので、形は変わるかもしれませんが、これからもアニメ業界とエロゲー業界は、接点を持ち続けることになると思いますよ。
─現在は、異世界転生ものを中心とした、「なろう系」のアニメが多いですね。
里見 今の流れだと、海外でも売れるんですよ。「なろう系」という呼び方でいいのかわからないですけど、異世界転生ものや、トントン拍子でうまくいくサクセスストーリーというのは、いい人が正しいことをして成功するという、エンターテインメントの本質を押さえていますよね。