キャラクターの“実在“と“不在”をレイヤー構造で見せる「serial experiments lain」の演出【懐かしアニメ回顧録第47回】

2018年10月より、SFアニメ「RErideD-刻越えのデリダ-」が放送されている。キャラクター原案は、安倍吉俊氏。安倍氏といえば、「serial experiments lain」(1998年)を思い出す人が多いだろう。ショートヘアで、気だるい目をした内気な女子中学生、玲音が主人公だ。
「lain」のストーリーを説明することは、とても難しい。“ワイヤード”というコンピューターネット上の世界と現実世界がレイヤーのように並存している近未来、コンピューターやネットに詳しくない玲音が端末を父親から与えられ、ワイヤードの世界へと深入りしていく。
ワイヤードの中には、別人格のもうひとりの自分がいると玲音は周囲から知らされ、やがて彼女は、隠された別人格と対話するようになる。

背景美術を見ると、「lain」の世界構造がわかる

ワイヤードは、ビジュアル性の高い現在のインターネットとは印象が異なる。たとえば、死者とメールを介して会話できる“あの世”のようなイメージだ。
物語後半では、死後にワイヤード内で肉体を持たない存在となった男・英利がキーパーソンとなる。

また、画面外から聞こえるノイズ、ポツポツと途切れがちなセリフにより、現実世界の描写も不明瞭だ。また、第9話ではUFOに関する陰謀説、実在した脳科学者のドキュメンタリーを唐突に挿入、自分がどのレイヤーにいて何を見ているのか視聴者を混乱させる、実験的な演出も試みられた。

第1話は、半分ほどが玲音の通学風景や授業風景、家族との会話などの日常シーンで構成されている。
しかし、我々は玲音の暮らす家の周辺、通学路の異様な描かれ方に気がつく。電柱や住宅街がハイコントラストで描かれ、明るい部分はほとんど白く飛んでいる。影の部分は黒く塗りつぶされているのだが、黒の中に、赤い斑点が散っている。この赤い斑点は、 冒頭で自殺した少女の血の滴である。
つまり、なにげない通学路や住宅地が、死後の世界(≒ワイヤード)と、レイヤーのように重なり合っていることを示唆していると言えないだろうか。

玲音が「いない」ことを、引き算と足し算で表現する

「lain」の世界のレイヤー構造は、最終話(第13話)で、より顕著になる。
玲音はワイヤードの中で不死の存在となった英利と対決し、親友のありすの記憶をリセットして、姿を消す。画面に「ALL RESET Return」の文字が入ると、第1話とまったく同じ、玲音の歩いていた通学路が画面に映る。第1話と同じ構図で、玲音の家のドアが開く。ところが、ドアが開いても玲音は出てこない。第1話で使われた背景から、玲音のセル(レイヤー)だけを、丸ごと外しているのだ。

同じように、玲音の通学路や通勤電車内が描かれる。やはり、玲音の姿だけがない。ここでも、第1話で使用したカットから、玲音のレイヤーだけを外している。第1話では玲音の「うるさいなあ」というセリフに人々がリアクションする動きがあったが、その動画も外されており、人々はただ電車に揺られているだけだ。

学校の塀づたいの歩道を歩く生徒たち、校門へ向かう生徒たち――これらのカットも、第1話の兼用だ。
そして、地面に何者かの影が落ちる。第1話では、それは玲音の影であった。最終話では、まったく同じ構図で、ありすのアップが映る。クラスメートと楽しそうに話すありす、彼女の前を歩いているのは、第1話冒頭で自殺したはずの少女だ。英利も死んでおらず、平凡なサラリーマンとして登場する。さらに、玲音とワイヤードを介して関わった人々が親しげに言葉を交わす新作カットが続くが、ひとつ大きなポイントがある。これまで決して劇中で流れなかった、明るい雰囲気の挿入歌が加えられているのだ。
単に「玲音の不在」を表現するなら、第1話の日常シーンから玲音のレイヤーを外せば、それで事足りる。だが、キャラクターの演技や会話を新たに足し、さらに音楽を足すことによって、あたかも別の作品かのような雰囲気を演出している。これまで存在しなかったレイヤーを重ねることで、「玲音の存在」を不透明にすることができるのだ。

アニメーションは動画や色、背景、音声といった“レイヤー”を足したり引いたりすることで、世界を、物語をコントロールできる。実験作を名乗った「lain」だが、意外とアニメーションの原理をオーソドックスに活用した作品だったのではないだろうか。

(文/廣田恵介)
(C) NBCUniversal Entertainment Japan