動画投稿サイトやSNSなどを通じて、80年代のシティポップなど、かつての日本のポピュラー・ミュージックが「知られざる未知の音楽」として、海外、あるいは若い世代の音楽ファンに次々と「再発見」されている。それをきっかけとして、レア盤化していた当時のアルバムが復刻され、好セールスを記録するなど、その勢いはネット上の現象を超え、音楽業界のひとつのトレンドにすらなりつつある。(以下、敬称略)
そして世界が注目する「再発見」への探究心は、80年代シティポップからさらにさかのぼった、70年代ニューミュージックや、60年代歌謡曲にも及ぼうとしているのが現状だ。深い情感を描いた「エモい」メロディを作り出す作曲家の力や、歌に乗せてこそ生きてくる語感を生み出す作詞家の職能、人間の手による楽器演奏の魅力が詰め込まれた編曲家やスタジオミュージシャンの技能など、以前の日本のポピュラー・ミュージックが持っていた、「職業音楽家」たちが紡ぎ出す深い魅力に気づいた人たちは少なくない。
そんな動きに呼応するように、なんと声優業界から、歌謡曲カバーのコンピレーションシリーズがスタート。その第1弾、「声優Neo歌謡曲Vol.1」が2023年8月16日にテイチクエンタテインメントからリリースされる。このコンピレーション、けっして企画側からのお仕着せの選曲ではなく、人気声優たちが自分の中に深く沈んでいる「心の中の1曲」をみずからセレクトして歌っている点が大きな特徴だ。前述のような日本のポピュラー・ミュージック再発見の波に対する、声優業界からの明確な返答であり、「推し曲」を高らかに宣言するプレゼンテーションでもあるのだ。演技の基礎的技能として歌のレッスンを受けている声優という職業。歌唱力にも定評のある方も多く、本作に参加の井上和彦や三ツ矢雄二などは、80年代初期からレコードリリースを重ねている、いわば「歌う声優」第一世代の代表でもあるなど、今回のメンバーも実力派揃い。では収録曲を眺めつつ、オリジナル曲も振り返ってみたい。
1 関智一「ダーリング」
「ダーリング」(作詞:阿久悠 作曲:大野克夫 編曲:船山基紀)は、沢田研二の23枚目のシングルであり、1978年のリリース。その1年前の「勝手にしやがれ」で、日本レコード大賞・日本歌謡大賞・日本有線大賞3冠グランドスラムを達成した沢田研二は、続く「憎みきれないろくでなし」「サムライ」「ダーリング」でも爆発的なヒットを記録。特に「ダーリング」は、沢田研二の絶頂期を象徴する1曲であり、ハイスピードかつハイテンションで迫る曲調は、まさに関智一に打って付けのセレクションだ。
2 浪川大輔「花」
2004年リリースの「花」(作詞・作曲:ORANGE RANGE)はORANGE RANGEの8枚目のシングル。「上海ハニー」「ロコローション」などのラップを交えたテンションの高いミクスチャー・ロックのイメージが強いORANGE RANGEだが、実はしっとりしたバラードである「花」こそが、彼らにとっての最大のシングル売り上げ曲。竹内結子・中村獅童主演の映画「いま、会いにゆきます」の主題歌として記憶している方も多いはず。浪川大輔の穏やかさをたたえたラップ&ボーカルに注目してほしい。
3 山寺宏一「さよならをもう一度」
「さよならをもう一度」(作詞:阿久悠 作曲・編曲:川口真)は、1971年に発売された尾崎紀世彦3枚目のシングル。尾崎紀世彦はバンド、コーラスグループで活動後、ソロ歌手としてデビュー。2ndシングル「また逢う日まで」(1971年)が大ヒットし、一躍時の人となった尾崎がリリースした次の一手が「さよならをもう一度」だった。抜群の歌唱力に加え、オリジナル歌手のクセを見事に写し取る「憑依系」ボーカルでも知られる山寺が、凡人には容易にマネることなどできない尾崎の圧倒的なボーカルスタイルに肉迫している様子を、ぜひ堪能していただきたい。
4 井上和彦「バス・ストップ」
平浩二の「バス・ストップ」(作詞:千家和也 作曲・編曲:葵まさひこ)は1972年のヒット曲。当初のセールスは22.4万枚だが、長く親しまれる息の長いヒット曲となり、累計売上は100万枚に達している。また高橋真梨子、米米CLUB、氷川きよしなど、カバーするアーティストも多く、後の世代でも知る人の多いスタンダードソングでもある。平のファルセットボイスを生かすために作られたというハイトーンが特徴の難しいメロディを、ベテラン井上和彦が見事に歌いこなしている。
5 梶裕貴「糸」
「糸」(作詞・作曲:中島みゆき 編曲:瀬尾一三)は、中島みゆきの35枚目のシングルであり、テレビドラマ「聖者の行進」の主題歌。1998年リリースの曲ではあるが、2000年代以降にCMに起用されてから徐々に再注目され、2010年代にリバイバルヒット。2018年には史上最長(15年10か月)の時間を経てのミリオンヒット達成曲に認定されている。2020年には本曲をモチーフとした映画「糸」が公開されるなど、70~80年代の中島みゆきを知らない30代以下の人にとっての、新たな代表曲となっている。その世代を代表する梶裕貴が、みずから感じた「糸」の世界を歌い込めている。
6 冨永みーな「キッスは目にして!」
ザ・ヴィーナスの「キッスは目にして!」(作詞:阿木燿子 作曲:ベートーベン 編曲:井上大輔)は、1981年のヒット曲。ピアノ曲として広く知られているベートーベンの「エリーゼのために」を、オールディーズ風のロックンロールにアレンジ。前年、シャネルズの「ランナウェイ」の作編曲でオールディーズ・ブームを巻き起こした井上大輔が編曲を担当している。カネボウ化粧品の秋のキャンペーンソングとして記憶している方も多いだろう。冨永みーなが、ザ・ヴィーナスのボーカル・CONNY(コニー)のキューティーな魅力の再現にチャレンジしている。
7 花江夏樹「関白宣言」
1979年のヒット曲「関白宣言」は、さだまさしのソロ8枚目のシングル。2枚目のシングル「雨やどり」もオリコン1位を獲得しているが、世の中的にはこの「関白宣言」こそが、さだの名を広く知らしめた一曲として認知されているのではないだろうか。実際、122.7万枚というさだまさし最大のヒット曲となっている。この曲のヒット当時には当然生まれていないはずの花江夏樹が、山寺宏一に勝るとも劣らない驚きのクオリティの憑依系ボーカルを披露している。
8 日髙のり子「硝子坂」
「硝子坂」(作詞:島武実 作曲:宇崎竜童 編曲:馬飼野康二)は、1977年のヒット曲。木之内みどり、由紀さおり、荒木由美子などが同時期に発表した、いわゆる「競作曲」だが、もっとも有名なのはこの歌がデビューシングルとなった高田みづえのバージョンであり、今回の日髙のり子が歌う新アレンジも高田みづえ版のイメージを踏襲している。清楚な中に芯の強さを秘めた、ほかのアイドル歌手とは一線を画す高田みづえの歌声のカバーに、日髙のり子の確かな歌唱力が見事にマッチしている。
9 宮村優子「異邦人」
「異邦人」(作詞:久保田早紀 作曲: 久保田早紀 編曲: 萩田光雄。)は、1979年に発売された久保田早紀(現・久米小百合)のデビューシングル。三洋電機(サンヨー)カラーテレビのCMソングとして人気が爆発。発売から3か月を待たずにミリオンセラーに到達し、最終的には144.5万枚の大ヒット曲となっている。活発な女性を演じることが多い宮村優子だが、この「異邦人」では、久保田早紀の透明感のあるボーカルに寄り添うような、純粋でイノセントな歌声を披露している。
10 三ツ矢雄二「どうにもとまらない」
「どうにもとまらない」(作詞:阿久悠 作曲・編曲:都倉俊一)は、1972年のヒット曲。山本リンダを代表する1曲として知られるが、デビュー曲「こまっちゃうナ」(1966)のように、当初はコケティッシュな「かわい子ちゃん」路線だったイメージを、レコード会社の移籍をきっかけにセクシーな大人の女性路線に大転換。その初弾シングルが「どうにもとまらない」であった。パンタロン、「へそ出し」の赤いブラウス、情熱的なダンスなどは、続く夏木マリ、安西マリア、欧陽菲菲などのアクション・グラマー歌謡の手本となった。声優界広しといえど、おそらくこの人の右に出る者はいないだろうという見事なカバーを、三ツ矢雄二が熱唱している。
実はこのコンピレーション、音楽プロデューサー謝花義哲(シャバナ)と、声優のかないみかが仕掛け人なのだ。TVアニメ「プラレス3四郎」(1983)、OVA「BIRTH」(1984)主題歌などでコアなアニソンファンにはおなじみの謝花は、かないとはデビューアルバム「おもちゃ箱」(1991年1月)を手がけ、そのアルバムを引っ提げてのライブ(1991年2月)を行って以来の旧知の仲だという。今回の企画は、かないの声優キャスティング、謝花のサウンドプロデュースというタッグで実現したもの。どおりで声優ファン、歌謡曲ファン双方のツボを心得たできばえに仕上がるわけである。
声による表現の可能性を追求するプロ中のプロである声優の世界。そこで第一線を走り続ける人気声優ならではの解釈・表現・ボーカルスタイルを堪能できる、歌謡曲カバー・コンピレーションという切り口。当時を知る世代には、日々の「流行歌」として何の気なしに聴いていた音楽の価値を見つめ直す機会として、若い世代には、知らなかった、もしくは忘れかけていた「歌謡曲」「流行歌」を聴く喜びに触れる機会として生かしてみてはいかがだろうか。
また、この企画の延長として、声優業界では類を見ないキャスティングでの野外フェス「声優Neo歌謡Fes2023」が、2023年8月19日(土)、20日(日)に東京・お台場R地区で開催される。
今回のコンピレーション参加メンバー以外も含む、総勢30名の人気声優が集結。歌い継がれた日本の名曲を生バンド演奏に乗せて次々と披露していくステージのほか、スペシャルセッションやヤバめのコラボも用意された、夏祭り感満載のフェスとなる。リアルな空間での体験共有を大切にしたいため、ネット配信はされない予定だとか。これはぜひ現場で直に名歌唱・名演奏・迷コラボを体験していただきたい。
(文・不破了三)
【商品情報】
■声優Neo歌謡曲 Vol.1
・発売日:2023年8月16日
・定価: 3,300円(税込)
・レーベル:テイチクエンタテインメント
<収録曲>
01. ダーリング / 関智一
02. 花 / 浪川大輔
03. さよならをもう一度 / 山寺宏一
04. バス・ストップ / 井上和彦
05. 糸 / 梶裕貴
06. キッスは目にして! / 冨永みーな
07. 関白宣言 / 花江夏樹
08. 硝子坂 / 日髙のり子
09. 異邦人-シルクロードのテーマ- / 宮村優子
10. どうにもとまらない / 三ツ矢雄二
【イベント情報】
日本最大級の声優野外フェス開催決定!
『声優Neo歌謡フェス2023』
・日時:
8月19日(土)開場14:30開演15:30
8月20日(日)開場14:30開演15:30
・場所:お台場R地区
<出演者(順不同)>
・8月19日
植田佳奈 / 岡本麻弥 / 勝杏里 / かないみか / 木内秀信 / 斎賀みつき / 鈴木達央 / 関智一 / 高橋直純 / 土屋神葉 / 冨永みーな / 日高のり子 / 檜山修之 / 深見梨加 / 三ツ矢雄二 / ゆきのさつき
・8月20日[出演]
井上和彦 / 飯塚雅弓 / 大塚明夫 / 勝杏里 / かないみか / 黒田崇矢 / 坂本千夏 / 清水理沙 / 高乃麗 / 立木文彦 / 東地宏樹 / 林勇 / 三木眞一郎 / 水沢史絵 / 宮村優子 / 山寺宏一
1968年生まれ。音楽ライター。TV主題歌・アニメソング・特撮ソング・劇伴・CM音楽等の商用音楽研究、DVD・CD等パッケージ商品の企画・構成・解説、音楽家インタビュー等を主に手掛ける。