日々多くのコンテンツが発表される今日この頃、期待のニューカマーも続々シーンに登場している。そこで、アキバ総研的に気になる「新人さん」に突撃インタビューする連載! それが「新人さん、いらっしゃい!」。
今回お話をうかがうのは、ダンス&ボーカルグループ「学芸大青春(ガクゲイダイジュネス)」だ。
メンバーは相沢勇仁さん、内田将綺さん、仲川蓮さん、星野陽介さん、南優輝さんの5人。
「2次元と3次元を行き来する」という前代未聞のコンセプトのもと2019年9月2日に活動を始めると、デビューからの約10か月間で11曲をデジタルリリース。そして1周年記念日の2020年9月2日には、1stアルバム「HERE WE ARE !」を初めてCDリリースするという、期待の新人さんだ。
現在は主に、「A3!」をはじめとした数多くの人気作を手がけるイラストレーター・冨士原良さんがデザインした「2次元の姿」で活動している学芸大青春。しかし、そのコンセプトは前述の通り「2次元と3次元を行き来する」だ。7月に公開された8thシングル「Happy Ever After」のミュージックビデオでは、5人のダンスをモーションキャプチャした3Dモデルに加え、ついに3次元の彼らも登場! 目元だけはまだ明かされていないものの、2次元の姿と3次元の姿が重ね合わされ、学芸大青春というグループの在り方を確かに感じさせられるこの映像はぜひチェックしておきたい。
今回のインタビューでは、ビデオ通話が始まると同時に「こんにちはー!! 今日はよろしくお願いしまーす!」と元気よく迎えてくれたフレッシュな5人に、寮での日常や、顔出しが解禁されていない今ならではの苦労、そして1stアルバム「HERE WE ARE !」についてのエピソードをたっぷり語ってもらった。
突然スタートしたメンバーとの共同生活
――本日はよろしくお願いします! まずは自己紹介をお願いします。
星野 はい! チームいち元気で明るいムードメーカー、星野陽介ですっ!
内田 ジュネスのメンタル大黒柱、内田将綺参上!
南 特技はブレイクダンス、専攻は生命理工学の大学生、南優輝です。
相沢 みんなの笑顔が俺のモチベーション、相沢勇仁です。
仲川 ピアノは僕の恋人、仲川蓮です。
星野 学芸だーい……
5人 青春(ジュネス)でーす! お願いしまーす!
――ありがとうございます。皆さんはスカウトで集められたメンバーということですが、スカウトされるまではそれぞれどんな毎日を過ごしていたんでしょうか?
星野 自分は、学生生活を送りながら、バイトに明け暮れていました。パンケーキ屋で4年間働いていたんです。「パンケーキを焼くのに俺の右に出る者はいない!」と思っていて。まかないもパンケーキだったし、パンケーキを愛していましたね(笑)。オーディションは中学生の頃から受けていたんですけど、うまくいかなくて、落ちまくってました。
内田 俺も陽介と似ていて、アルバイトを中心に生活しながら、オーディションやレッスンを受けていました。アルバイトはレストランのホールスタッフをしていたんですけど、そこでも歌ったり、レストラン内でのライブに来てくださったアーティストさんの前座をやったりの繰り返しでした。
――内田さんは、サッカー漬けの生活から一転して「シンガーになる」という夢を持ったのが高校生の時なんですよね。その切り替えの早さと、卒業してすぐに愛知から上京するという行動力がさすがだなと。
内田 今だったらいろいろ知っちゃった分、逆に怖いんですけど、「まずはチャンスの数が圧倒的に多い東京に行こう」と思って、後先考えずに手ぶらで出てきたんですよね。当時の自分を褒めたいです(笑)。
南 俺は大学生活を送りながら、塾講師のバイトをしたり、大学の友達とサークルでひたすらブレイクダンスを踊ったり、という日常でした。ダンスオーディションへの興味はすごくあったんですけど、踏み出せなくて。高校時代に別の事務所さんからスカウトの話があったときも親に言い出す勇気がありませんでした。
――厳格な家庭で、お父様がかなり厳しいそうで。
南 はい。4人兄弟の次男なんですけど、兄がすごく真面目で優秀なので、それが常にプレッシャーでした。実は今通っている大学は、父と兄も通っていた大学なんですよ。進路は自分で決めたんですけど、小さい頃から「自分の可能性を広げるために勉強はしっかりやりなさい」と言われていました。
――相沢さんはいかがですか?
相沢 ほんとはあんまり言いたくないんですけど、一流企業に就職するために資格の勉強をたくさんしていました。
南 ちょっと待って!
星野 嘘だ! 嘘ばっか!
内田 面接じゃねえんだからさ!
相沢 あははっ(笑)。すいません、冗談です。俺はダイニングバーでバイトしていて、あとは適当に遊んで過ごしてました。
――何かオーディションに挑戦されていたとか?
相沢 オーディションは受けてなかったですね。でも芸能や歌をやりたいなと思っていたので、バンド活動したり、ボイトレに行ってみたり、音楽関係の人と交流したり、音楽の専門学校に行った友達とスタジオに入ったりしてました。
――では、仲川さんは。
仲川 僕は音楽と触れ合っていました。小さい頃からピアノをやっていて、学生時代は吹奏楽部でサックスを吹いたり、バンドをやったりもしていて。
――芸能の世界を目指していたわけではなく、スカウトもピアノの先生の紹介だったそうですが、ピアノを始めたきっかけというのは?
仲川 もともと父がバンドを、母がピアノやエレクトーンをやっていて、音楽に触れる機会が多かったので、自分からやりたいって言って始めました。
――そんな5人が集められ、1か月間のレッスンを経て全員がオーディション合格……というのがグループ結成までの流れですが、合格と同時に、グループ名の由来ともなっている東横線・学芸大学駅近くの寮で共同生活が始まったんですよね。5人とも寮生活は初めてですか?
南 将綺以外はみんな実家暮らしだったので、寮生活どころか、ひとり暮らしの経験もなかったです。
星野 そう。掃除、洗濯、ご飯とか、ほんっとにどうすればいいのかわかんなかった。
内田 しかも出会って間もないメンツなので、「はい、合格。じゃ、共同生活してくださーい」「えっ」って感じでしたね。
相沢 確かに。でも、「みんながいる」っていう安心感はあったかな。俺も実家にいたときは家事を全然していなくて、どうしようかなって思ってたから。実際、「優輝は料理ができる」っていうのを事前に調査していたんですけど、やっぱり作ってくれたんで。
星野 今でも覚えてる、優輝が最初に作ってくれたごはん!
相沢 めっちゃ懐かしいね。
仲川 僕もよく覚えてる。最初に5人で食べたのが、優輝の野菜炒め。
相沢 あのときは5人一緒だったよね。
内田 この人(仲川)、基本的に部屋から出てこないんで。
仲川 いやいや(笑)。
星野 あと、最初の頃に優輝が作ってくれた野菜の焼きうどんも覚えてる。おいしかった!
――楽しみだったことや不安だったことはありますか?
仲川 僕はひとりっ子なので、「同年代の男たちと一緒に暮らす」っていうことに慣れてなくて。陽介が最初からパーソナルスペースに入ってきて抱きついてきたのがすごく嫌でしたね。
星野 嫌だったの!?(笑)
南 俺は実家にいたとき、母ひとりでみんなのご飯を作るのは大変だからいつも料理を手伝っていたんですけど、自分で作るってなると好きなときに好きなものを作って食べられるので、それが楽しみでした。
相沢 でも優輝、俺と陽介が「今日は○○が食べたい」って言ったらそれに合わせてくれるよね。
南 食べたいものを何個かあげてもらうじゃん。その中で俺もいいなと思ったものを作ってるからね。
相沢 俺は実家でワンちゃん飼ってて毎日一緒に寝てたんで、「ワンちゃんいなくなったら俺どうなっちゃうんだろう」ってすごい不安でしたね。わかる?
仲川 うんうん、わかるね。(※仲川さんも実家で犬を飼っていた)
相沢 わかるでしょ。寂しかったから、最初の頃は毎日母さんと姉ちゃんに写真を送ってもらってた。
星野 それ見せてくるんだもん~。結構前のことなんだけど、レッスンの合間の休憩時間に、ゴールデンレトリバーの赤ちゃんが群がってる動画を見てニヤニヤしてたの。その浮気現場の動画、持ってるからね!
相沢 ははっ(笑)。浮気じゃないよ。かわいいもんはかわいいから。
内田 ご飯を食べ終わってゆっくりしているときにも、勇仁は携帯を見ながらニヤニヤしてる。そういう節はありますね。
南 まあ、そんな感じで今では5人で楽しく過ごしております。
1年間の共同生活で育まれた阿吽の呼吸
――突然の共同生活スタートとあわせて、「2次元の姿でデビューする」ことが告げられたわけですが、それについてもどかしさや葛藤はありませんでしたか?
南 めちゃくちゃあったよね。
内田 意味がわからなかったもんね、正直。どうなるのかまったくイメージできませんでした。
――同じ事務所のボーイズグループ・VOYZ BOYはリアルな姿で活動していますし、活動開始もVOYZ BOYのほうが先だったんですよね。
南 そうなんですよ。最初期からいるようなボイボイ(VOYZ BOYの略称)メンバーとは一緒にレッスンを受けていたこともあって仲がいいんですけど、それに対する焦りとか、「いいな、俺らも早くやりたいな」って思う気持ちはすごくありました。
仲川 そうだね。あと、たまに学生時代お世話になった先生から連絡が来たり、広島に帰省したときに近所の人から「今何してるの?」って聞かれたりするから、そういうときにちょっと、難しいなって。僕は基本「象使い」って言ってる。
4人 象使い。
――親友など、身近な関係の人には伝えているんですか?
仲川 隠してますね。
内田 俺はジュネスとは言ってないですね。
相沢 「何してるんだろ」って心配されちゃうので、言っても大丈夫だって思える幼なじみみたいな子にはそれっぽく伝えてます。
星野 背中を押してくれるもんね。自分も中身は言ってないけど「実は芸能活動してるんだ」って。
南 俺もすごく親しい友達には「芸能活動に挑戦してる」みたいなことは言ってます。
――皆さんの周りに、自分の友達とは気づかずに学芸大青春の曲を聴いている人がいるかもしれないと……。
南 ありえるよねぇ。知らずに見てる可能性もあるから。
星野 それめちゃくちゃテクくない!? (※「テクい」=「テクニックがある」から転じて「優れている」「すばらしい」の意味)
内田 めちゃめちゃテクいよ。
南 早く有名になって、顔も出した状態でパフォーマンスして、報告したいよね。
内田 うん。お世話になってきた人たちに早く恩返ししたいです。
――ちなみに、アニメや漫画などの2次元の作品とはどれくらいなじみがありますか?
星野 自分は結構あります。大好きで。
南 俺もアニメとか漫画は大好きです。
内田 俺は陽介に布教してもらってます。
星野 ふふふふ(笑)。アニメだと最近、「Re:ゼロ(Re:ゼロから始める異世界生活))の2期が始まったじゃないですか。でも2期を見る前に1期をもう一度見ておきたくて、見直し中です。あと、「ダンまち(ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)」も見直そうかなって思ってますね。
――5人で一緒に暮らしているのはグループとして大きな強みだと思いますが、皆さんにとって共同生活の一番のいいところって何でしょう?
南 落ち込んだり悩んだりしているとき、みんながくだらない話をしていたり、「今日のご飯、何?」って聞いてくれると心がちょっと軽くなるので、俺はそれが一番ですね。ひとりでいたい気持ちのときでも、みんなのおかげで「なんとかなるな」って思えるんです。
相沢 いいね。じゃあ優輝が怒ってるときは「今日のご飯、何?」って聞いたら機嫌が直ると。
南 そういうことじゃない!(笑)みんなはどう?
星野 俺はやっぱり、この4人にドッキリをしかけられること! 至福ですね。最高。
南 あー……。逆にこっちとしてはデメリットですね。
内田 一番やられてるのは優輝だからね。
南 俺だけ損してるんだよ。しかも、びっくりして転んだりぶつけたりするから、毎回アザができる。
相沢 うそ、マジ? それは……だめだね(笑)。
星野 知らなかった(笑)。
内田 じゃあ、湿布、買っとくわ。
南 いや、そういう問題じゃない(笑)。別にいいんだけどね。
星野 いつかはTwitterにドッキリの動画を。
仲川 載せたいね。
南 絶対に嫌です。
相沢 リアクション芸人だもんな。声だけでも面白いからね。
南 ほんとに、だめだよ?
――ほかにはいかがでしょうか。
内田 俺は、あうんの呼吸が生まれることがメリットだと思いますね。メンバーがどう反応するか読めるようになってきますし、トークでもダンスでも歌でも、打ち合わせしていないのに言動がシンクロすることがあるんです。
仲川 僕は、「一緒にいてとにかく楽しい」っていうのが一番です。最初はちょっと「苦手だな」って思うこともあったんですよね(笑)。でも、地元に帰省したときに物足りなさを感じることがあって。家族みたいだなって思います。
相沢 いいね。依存してるね、俺らに。俺は、同じ家に帰れるのが本当に幸せだなと思います。プライベートの友達だと遊んだあとにバイバイするときすごく悲しいけど、この4人とはそれがないので。
5人の音楽ルーツを探る
――ここからは音楽活動についてお聞きしていきます。皆さんが1stアルバムの発売決定を聞いたのはいつ頃だったんでしょうか?
内田 もともと自分たちのほうから「アルバムを出したい」っていうアクションはしていて、実際に形になることを聞いたのは確か今年の4月ぐらいですね。ただ、最初は「アルバムを出す」とはっきり言われていたわけではなくて……。匂わされていたんです(笑)。それもあって、今もまだアルバム発売だなんて信じられていないんですけど。
――念願のアルバム発売が決まったとはいえ、これまでの楽曲制作ではかなり苦労されてきたことが「バクステアプリ」(※メンバーのインタビューを元に構成されたストーリーを鑑賞できるアプリ)でも描かれています。嬉しさと不安、どちらのほうが大きかったですか?
南 まずは嬉しさだったよね、圧倒的に。
相沢 うん。不安ゼロ、嬉しさマックスでしたね。今まではずっとデジタルリリースだけだったので、「やっとファンの子に盤を届けられる」と思ったらすごく嬉しくて。これからもずっと形で世に残るって感慨深いし、これまで俺らががんばってきたものが詰まったアルバムになるわけだから、エモかったです。
南 「CDとして手元に欲しい」という声はたくさんもらっていたから、それを実現できるっていう意味でも嬉しいよね。
仲川 僕自身、好きになったアーティストさんのCDをよく買うので、そのCDが欲しい気持ちはすごくわかるんですよね。形として届けられるのが嬉しいです。
星野 いつも応援してくれるみんなに、やっと形として恩返しできるんだもんね。
――アルバムの収録内容やテーマについては何かリクエストされましたか?
南 「ソロ曲をやってみたい」っていうのはアルバムが決まる前からずっと言ってたよね。
内田 でも、それをスーさん(杉沢プロデューサー)に伝えたときは「まあ……いいんじゃない? やる?」みたいな反応だったからね。だから、急にデモ音源を聞かされて「これは何ですか?」「ソロ曲です」って(笑)。
星野 まさか実現するとは思わなかったよね。
相沢 それぞれが好きなジャンルやアーティストさん、歌いたい曲調っていうのは活動のために事前に伝えてあったんですけど、知らない間にそれを汲んだ曲を作ってくださっていて。
内田 どれが誰の曲なのかすぐにわかったので、「うわ、スーさんすげぇ!」って思いました。
――なるほど。せっかくなので、皆さんの音楽のルーツやよく聴いていたジャンルなど、これまでの音楽体験もぜひお聞かせいただければと。
仲川 僕は、5歳でピアノを始めて、今は2年目ぐらいですかね?
一同 ……。
内田 ……え? なわけないだろ!
仲川 ちょっとボケたのにさぁ……(笑)。
相沢 蓮ならありえるかなって。
仲川 スベっちゃった。まあ、ずっとピアノをやってきたので、僕はクラシックがルーツですね。
相沢 俺は、小さい頃はずっと福山雅治さんの歌を聴いていましたね。母さんがファンクラブに入るぐらい大ファンだったので、物心がついたときから家でも車でも福山さんの歌が流れていたんです。中学生になってからはロックやバンド系を聴きはじめて、当時はサッカーをやっていたので「高校に入ったらバンドをやりたい」と思うようになりました。特に影響を受けたのはONE OK ROCK(ワンオクロック)さんですね。海外でも活動されているのでその流れで洋楽も聴くようになって、洋楽だったらLINKIN PARKが好きです。最近はジャスティン・ビーバーやショーン・メンデスの曲も聴いています。
――幼少期から現在に至るまで。ありがとうございます。
南 俺は、一番最初は、お母さん……。
内田 といっしょ?
南 違う!(笑) 俺は母の影響でピアノをやっていたので、小さい頃はクラシックを聴くことが多かったんですけど、ブレイクダンスを始めてからはラップを聴くようになりました。ブレイクビーツのバトルでも、自分が好きなCreepy Nutsさんの曲やラップの曲が流れてくるので、「ラップもかっこいいな」と思って。
内田 俺は、ちょっとルーツとは違うんですけど、小さい頃、車で両親が流す音楽に合わせていつも大熱唱していたんですよ。めちゃくちゃ音痴だったんですけどね(笑)。思い返すと、その頃から歌うことが大好きでした。
南 将綺ってすぐに何か口ずさむじゃん。やっぱり昔からそうなんだね。
内田 確かによく口ずさんでるね。「ご飯食べる?」って歌いながら聞いたり、私生活がちょっとミュージカルっぽくなっちゃうんだよね。そういうとき、陽介は乗ってくれるんだけど、蓮だと普通の会話に戻っちゃう。
南 蓮、困ってるだろうよ(笑)。
――ミュージカルがお好きなんですか?
内田 好きですね。みんなで楽しく歌うっていうのが好きで。中学生の頃は合唱部にも入ってました。
――では星野さん。
星野 はい。小学生のとき、朝の会で校歌を歌うのが大好きだったんですよ。
相沢 かわいいな。俺めっちゃ口パクしてた(笑)。
星野 毎週木曜日は全校集会があったんですけど、そこでも校歌を元気よく歌っていて。それが歌を好きになるきっかけだったのかなって思います。あと、授業の前には「みんなのうた」(※童謡などが掲載されたポケットサイズの歌集)から1曲流れるので、それも超歌ってました! 「Believe」とか「友だちになるために」っていう曲が大好きで。
――ということは、合唱コンクールなんかには喜んで参加するタイプ。
星野 大好きだったー!
内田 大好きでした!!
南 みんな好きだったんじゃない?
相沢 そうだね。俺も合唱コンは好きだった。
南 でも俺、指揮と伴奏どっちもやらされてたからほとんど歌ってないな。
相沢 そうなんだ。俺も指揮者はやったことある。