アニメ業界ウォッチング第32回:“自分の創作の原点に立ち返りたい”――いま、山本寛監督が「薄暮」をつくる理由

山本寛監督が新作のためにスタートしたクラウドファンティングの出資額が、1000万円をこえている。500人の出資者が支援しているのは、福島県いわき市を舞台にしたアニメ作品「薄暮」。6年前の震災をきっかけにスタートした山本監督の“東北三部作”のラストを飾る1本になるという。
いま、福島県を舞台にアニメ作品をつくる理由、そしてクラウドファンディングで資金を集める理由とは? 「涼宮ハルヒの憂鬱」「かんなぎ」など、かつては華やかなヒット作を世に送り出した山本寛監督。しかし、いまはシンプルでプレーンな環境を求めているようだ。ご本人に、お話をうかがった。

クラウドファンディングは“ヤマカン信任投票”

── 山本監督は、現在は個人事務所(株式会社山本寛事務所)を立ち上げてらっしゃるんですね。

山本 ええ。2015年の10月に創業したので、もう1年以上過ぎていますね。Ordet(「フラクタル」、「Wake Up, Girls!」などの制作会社)での10年間は、もうなかったことにしたいです。アニメ業界とはまったく水が合わないので、できるだけ彼らとは遠いところで生きよう、作品をつくろうと思っています。実際、アニメ監督そのものを廃業しようとも考えまして、家族会議もしました。この先、東京で何をして生きればいいのか……と考えていた頃、「つかさ製菓」という会社を経営する和田浩司さんという、まったくアニメづくりと関係のない方と知り合ったんです。知り合ったというか、僕のスタッフと仲がよかったようで、僕が「サウナに行こうぜ」とスタッフを誘うと、必ず和田さんもついてくる。僕のイベントにも来てくれる。でもね、和田さんにはアニメ業界なんかに関わってほしくなかった。僕はさんざん業界の連中に騙されたし、裏切られてきましたからね。でも結局、「それをわかったうえで、山本さんにアニメをつくってほしい」「このまま山本さんが廃業してしまうのは本当に悔しいので、ぜひ作ってください」と、和田さんは言うわけです。そこまでおっしゃるなら、いくつかある構想のうち、「薄暮」という学生時代から考えていた短編企画がありますよ、と話しました。

── それが、クラウドファンディングで出資を集めている「薄暮」の原型ですね?

山本 ええ、とりあえず小説の形にしてみたんです。だけど、アニメに出資するのは、競馬と同じようなものです。「必ず儲かる」なんて思っているから、みんな感覚がおかしくなってしまう。和田さんがパトロンになって、和田さんのためだけにつくって、和田さんの家に寄贈するのであれば、「薄暮」をつくりましょうという話を、和田さんの財務方と長い時間をかけて話しました。さすがに、相手も「うーん」と考え込みました。そんな時、「この世界の片隅に」のクラウドファンディングの話が耳に入ってきたんです。とは言え、僕の名前で集めてもお金が集まるわけがないと、その時は思いました。だけど、和田さんはとても真っ直ぐな熱意ある方で、「人間不信で生きるのはやめてください、必ずついてきてくれる人たちはいますよ」と、逆に僕を説得してくれました。直接、アニメファン1人ひとりに「あなたは何を見たくて、何を見たくないんですか? 何にハマっていて、何に飽きてるんですか?」を訴えかけるには、クラウドファンディングは向いているかもしれないと、考えるようになりました。いわば、“ヤマカン信任投票”です。

── 現在、クラウドファンディングでは1000万を超える資金を集めていますね。

山本 無一文になったんだから、裸一貫で何でもやってやろうという気持ちになれました。雨の秋葉原に立って、自分でチラシを配ったりもしましたよ。風評だとか大人の事情だとかに振り回されているファンの姿はもう見たくない。「一生懸命に作品を作るので、面白ければ評価してください」というシンプルな関係に持っていきたいんです。そのためには打てる手はすべて打つ。アニメ業界という村社会からは距離を置いて、草の根で作品づくりをする道を選びました。再スタートですね。まだ、うまくいくかはわからないです。クラウドファンディングが失敗したら、また別の手を考えなくてはなりません。