アニメ業界ウォッチング第31回:アニメの原画に触れられる“ササユリカフェ”オーナー、舘野仁美さんの語る動画人生

アニメーションの原画を手にとり、自分の手でパラパラめくって見ることができる――そんな素朴で豊かな時間を味わえるのが、東京・西荻窪駅前にあるササユリカフェだ。もっとも、いつでもアニメの原画が置いてあるわけではなく、現在は安野モヨコさんの漫画「オチビサン」のギャラリー展を開催している。過去には、吉田健一さん、西尾鉄也さん、吉成曜さんといった人気アニメーターたちの原画展を開催してきた。
オーナーの舘野仁美さんは、スタジオジブリで動画チェックを担当していたベテランアニメーター。「となりのトトロ」「おもひでぽろぽろ」「崖の上のポニョ」など、ジブリ作品のほぼすべての動画を統括しつづけた。アニメーターからカフェのオーナーへの転身には、どんな想いがあったのだろう?

ジブリ解散は、新しいことを始めるチャンスだった

── スタジオジブリの映画制作部門が、2014年に解体されました。ササユリカフェがオープンしたのは、その年の年末でしたね。

舘野 制作部門の解散が社内に伝えられたのは、「風立ちぬ」(2013年)の作業が終わって、これから「思い出のマーニー」(2014年)の制作に入ろうかという頃だったように思います。「マーニー」をつくっている間も、ジブリを出てからどうしようか、ずっと考えていました。私はいい歳でしたので、ジブリでのガラパゴスのような制作環境と、他のプロダクションでは動画のやり方が違ってしまって、これからまた動画で食べていくのは難しい、くじけてしまうのでは……と感じていました。幸い、退職金も出るという話でしたので、いっそ違うことを始めるチャンスだと考えることにしました。動画チェックの仕事をしながら、「いつか、カレースタンドをやってみたい」と夢見ていた時期もありました。ただ、具体的に考えると、カレースタンドは大変だし実入りがよくない。飲食の経験のあるパートナーに相談しているうちに、「夜にはお酒も出すカフェはどうだろうか」という話になっていきました。それと、静岡県御前崎に素敵なカフェがあって、そのお店に憧れていたり……いろんなことがからみ合って、カフェを開くことにしました。

── どうして、西荻窪にお店を出したのですか?

舘野 個性的な個人経営のお店が、とても多いからです。かつての吉祥寺のような雰囲気があって、私の望んでいる変わったカフェを開くにはぴったりな気がしたんです。

── アニメ会社が近いから、という理由ではないんですね?

舘野 いえ、荻窪と西荻窪に、こんなにたくさんのアニメ会社があるなんて、まったく知らなくて……(笑)。

── すると、アニメの原画展などを開催しやすいよう、西荻窪を選んだわけではない?

舘野 はい、最初はまったく、そんなつもりはありませんでした。作家さんが「飾りたい」と言ってくれたら作品を置いたりする、ごく普通のカフェのつもりでした。ジブリ出身だったことも宣伝せず、過去の威光にすがらずに経営していくつもりだったんです。そんな風だから、近所の人すらお店の存在を知らない、寂しい状況でした。だけど、地元の「西荻案内所」の方と話しているうち、「せっかくアニメーター出身なんだから、アニメ関係の展示をやりなさいよ」というアドバイスをいただきました。
最初の展示は、吉田健一さんの個展でしたけど、吉田さんがお店に来たとき、帰りぎわに「ギャラリーとか、やってもいいっすよ」とおっしゃってくれたことがキッカケでした。吉田さんは、ジブリでは私のことを年齢的に先輩として見ていてくれていたので、単なるリップサービスだろうと思っていました。だけど、「西荻案内所」の方にアドバイスされたとき、吉田さんの「いいっすよ」というひと言を思い出したんです。吉田さんは二つ返事でOKしてくれて、奥さんが大量の絵を手でコピーして、展示用にファイルしてくださったんです。

── いざ開催してみると、たいへんな混雑でしたね。整理券を受け取らないと、店内に入れませんでした。

舘野 吉田さんの人気が高いのは知っていたつもりでしたが、お客さんの数を見て、びっくりしました。だけど、お店の収入もよくなったし、ありがたかったです。それ以降も自分から交渉するよりは、周囲に支えられたり、ちょっとした偶然から次の展示が決まるんです。

── では、次はこの方にお願いしてギャラリーを盛り上げよう……といった計画性は?

舘野 ないです。まったくの無計画です、恥ずかしいですけど(笑)。