【犬も歩けばアニメに当たる。第26回】「黒執事 Book of the Atlantic」豪華客船でパニックホラー!優美な執事の全力バトル

心がワクワクするアニメ、明日元気になれるアニメ、ずっと好きと思えるアニメに、もっともっと出会いたい! 新作・長期人気作を問わず、その時々に話題のあるアニメを、アニメライターが紹介していきます。

2017年1月21日から劇場版「黒執事 Book of the Atlantic」が全国で公開されています。19世紀の英国を舞台に、完璧で優美で慇懃無礼な悪魔の執事と、復讐に生きる孤高の少年伯爵の主従が、女王の命を受けて、怪事件・難事件に挑む人気シリーズの最新作です。

原作でも人気のエピソードを、劇場のスクリーン向けの極上のエンターテインメントに仕上げてあり、従来からのファンはもちろん、この1本だけ見ても「黒執事」のエッセンスがたっぷり味わえる良作です。

2008年放送のTVシリーズから見ている筆者が、本作品の魅力をご紹介します。

美形と笑いとホラーアクションの優雅なダンス

予想以上におもしろかった。今回の劇場版「黒執事」の話だ。

エピソードは、原作でも人気の「豪華客船編」。TVシリーズ「黒執事 Book of Circus」(2014年)、OVA「黒執事 Book of Murder」(2015年)に続く物語で、引き続いて顔を見せる登場人物も多い。

劇場版のキャッチフレーズは、「その執事、出航」。舞台はほとんど全編が海の上になる。
「豪華客船」に「死者蘇生」。そう、この作品は“ゾンビ”が“タイタニック”で大暴れする話だ。原作者の枢やなさんが、「漫画で劇場版をやろう」というつもりで描いたエピソードとのこと(劇場版パンフレットより)だが、なるほど、実にスクリーン映えするエピソードだ。

英国貴族と執事という華やかな上流社会や英国文化と、悪魔召喚儀式などのオカルト要素がからみあっているのが「黒執事」。今回の舞台では、そのキレイな部分とダークな部分、両方が最大限に生きてくる。

筆者は特段ホラーに期待していたわけではなかったけれど、改めて、「へえ、ゾンビもいいね!」と思った。

何がいいのか? 蘇った死者たちには個人の顔がない。だから、敵のドラマに時間をかけず、とっとと主人公たちの活躍に時間をかけられる。それでいて、数で勝る彼らには終わりがない。倒しても倒しても終わりのない危機が、主人公たちを追いつめる。彼らを背景に、華麗なアクションを展開するセバスチャンや死神たち。いわば動く死者たちはバックダンサーズというところか。

今回の劇場版はホラーアクションだが、コミカルでシニカルな笑いも、この作品らしく全体にちりばめてあり、実に楽しい。美形キャラとイケメンボイスを堪能しつつ、愛らしく美しい美少年・美少女を愛でながら、動く死者の群れを眺め、豪華客船でパニックを楽しむ。

お楽しみをこれでもかと詰め込む構成だが、この作品を初めて見る人にもわかりやすく、楽しめる。それでいてもちろん、これまでのアニメを楽しんできたファンには、いよいよお待ちかねのネタもドラマもふんだんに仕込まれている。

長く続くシリーズは、途中からだと入りづらいものだが、「黒執事 Book of the Atlantic」は、一度「黒執事」の世界に触れてみたい人に、自信をもっておすすめできる。

ダイナミックな劇場版ならではのアクションに酔いしれる

「黒執事」はエピソードによっては、謎解きや会話劇に時間をかける。しかし今回は、早い段階からどんどん騒動が起きて、アクションに入っていく。映画館のスクリーンで見ると、その映えること! シーンに合わせて作られた劇場版の音楽がまた、ダイナミックに心地よくアクションを盛り上げてくれる。

豪華客船という舞台で、バックダンサーズを従えて、「悪魔で執事」のセバスチャンは黒い執事服を乱さず、金メダリストのアスリートよりも華麗な体術で、容赦なく迅速に敵を倒していく。メインの武器は銀食器だ。

セバスチャンのライバルに当たる“死神”の武器は、“死神の鎌”デスサイズだが、19世紀の英国において、なぜかデスサイズは近代的なのがミスマッチでおもしろい。今回冒頭から登場するロナルド・ノックスのデスサイズは「芝刈り機型」だし、人気キャラのグレル・サトクリフのデスサイズは「チェーンソー型」。「それもう君たちがホラー映画の悪役だよね?」というアイテムなのだ。

この「銀食器vs芝刈り機vsチェーンソー」のアクションが、激しく、ありえなく、熱い。ケレン味があって、実に見応えがある。

劇場版の見せ場のひとつが、裏社会の情報屋である「葬儀屋(アンダーテイカー)」の活躍だろう。これまで、シエルたちに親しげでありながら謎めいた存在だった彼が、これまで明かさなかった正体を明らかにする。そして、セバスチャンも驚くほどのアクションを披露する。ここにも、意外な武器が登場するので、これからの人は楽しみに見てほしい。

アクションといえば、可憐な美少女エリザベスにも意外な、そして超クールな見どころがある。大好きなシエルの前ではかわいい女の子でいたいというエリザベスの乙女心には、誰もがキュンとして、一層彼女のことを好きになってしまうのではないだろうか。

シネマティックレコードが映し出すセバスチャンとシエルの出会い

これまでアニメで「黒執事」を追ってきたファンにうれしいのが、セバスチャンとシエルの出会いが、セバスチャンの回想というかたちで見られることだ。

両親を殺害されてとらえられ売り飛ばされ、怪しい儀式の生贄となって絶望を味わったシエルは、血を吐くような思いで、自分と家族を陥れた者たちへの復讐を誓う。悪魔であるセバスチャンがこの世に召喚されたとき、どのようにシエルと出会い、そのとき何を感じたのか。語られるモノローグは貴重だ。

小さな子どもでありながら、この世を憎んで、力と引き換えに悪魔と契約しようとするシエル。セバスチャンはそんなシエルに興味を持ち、悪魔である彼にとってほんの一時、シエルが一生を終えるまでと、契約を交わし執事として仕えることになる。

シエルがセバスチャンと契約する際に、願ったことは3つ。その中でも「絶対に嘘をつかないこと」というのが印象的だ。

嘘というのは決して悪いことばかりではない。つきあいのための方便もあるし、相手を一時的によろこばせるための罪のない嘘もある。でも、シエルは悪魔に「自分に対して、絶対に嘘をつかないこと」を求めた。そこには人に心を許さないシエルの孤独と、痛いほどの願いがこもっている。

また、仕事を完璧にこなすスーパー執事・セバスチャンも、シエルとの出会いのころには試行錯誤のあったことがコミカルに描かれるのも興味深い。執事として成長するセバスチャンの姿も、なかなか新鮮だ。

「悪魔で執事」契約にもとづいた唯一絶対の関係

契約と約束があるからこそ、セバスチャンは言葉にしたことが嘘にならないよう必ず実行するし、シエルに服従して絶対に裏切らない。

シエルも、どんなに無理と思える命令でも、セバスチャンがやりとげることを知っているし、自分を裏切らないことを信じている。

2人の間にあるのは、あたたかい愛や忠誠心ではない。シエルは傲岸(ごうがん)かつわがままな主人で、セバスチャンは沈着冷静な態度を崩さない、慇懃無礼な執事だ。お互いを見る目はクールで、日常的に一見穏やかなやりとりの中に、皮肉や言葉のトゲがビシバシ込められる。

けれど、見ようによっては、これは深い信頼関係であり、決して壊れない絆のかたちだ。甘い恋や愛ならいつか色あせるかもしれないが、相手を知り尽くし、契約で結ばれたふたりは、互いに絶対無二のかけがえのない存在といえる。

この主役ふたりの関係性が十二分に味わえるのも、この劇場版の魅力だ。初めてこのシリーズに触れる人に、おすすめできる理由でもある。

いつもは圧倒的に優勢に、飄々と汗もかかずに戦うのがセバスチャンのスタイル。しかし今回のエピソードでは、強敵の登場や戦いの連続で、血を流し、髪を乱して戦うセバスチャンが見られるのもポイントが高い。彼をそうさせる原因は、やはり主人であるシエルの危機なのだ。

黒い執事と「坊ちゃん」が誕生してからの10年を思う

「黒執事」の原作コミックの連載が始まったのが、2006年秋。それから10年が経った。

もともと、イギリスの上級使用人であるバトラーを指す「執事」が、萌えの対象として話題になったのが、ちょうど「黒執事」連載スタートの頃だった。男性向けのメイド喫茶に対し、女性向けの「執事喫茶 Swallowtail」が池袋にオープンしたのも、2006年3月である。

今回アニメ化された「豪華客船編」は、現在24巻まで刊行されている原作コミックの11~14巻にあたるエピソードだ。最初のテレビシリーズにはオリジナル要素も多かったが、それはそれで世界観を広げ、このシリーズがファンに愛されるきっかけにもなった。かなうなら、まだアニメ化されていない原作のエピソードも、続きをアニメで楽しみたいと思う。

この映画で「黒執事」という作品に興味を持った人には、ストーリーがひとつながりになっている「黒執事 Book of Circus」「黒執事 Book of Murder」を、さかのぼって見ることをおすすめする。

魅力的な声がついて、アクションが派手で、ドラマが際立って……。「黒執事」は、アニメで見るともっと楽しめる。

セバスチャンはドSな執事だが、それは悪魔が人間を見下ろし、笑い、興味を持つ視点のためでもある。「あくまで執事ですから」という言葉遊びから生まれたようなネタのような設定だが、セバスチャンを少し掘り下げたこの劇場版で改めて、スーパー執事と「坊ちゃん」の物語の魅力を感じた。

(文・やまゆー)

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