この夏も、ガレージキットの祭典「ワンダーフェスティバル」の話題が盛り上がっている。フィギュアづくりを趣味とするモデラーたち、フィギュアの愛好家たちは、どんな気持ちで過ごしているだろうか。
いっぽう、「なるべく多くの人に売れる、最大公約数的なフィギュア」を常に求められているフィギュアメーカーの社員原型師は何を思い、何を悩んでいるのだろう? 1年前にも取材した有限会社アルターに再びおじゃまして、ベテラン原型師の稲垣洋さんに、その複雑な胸のうちを聞いてみた。
趣味・嗜好のはっきりした人に、コンプレックスを感じる
──模型趣味は、スケールモデルから入られたと聞いていますが?
稲垣 はい、タミヤのミリタリーミニチュアから入りました。戦車よりも、兵士のフィギュアが好きでしたね。中学を卒業してからは、模型から遠ざかっていたのですが、20代後半のいろいろ行き詰っていたときに「新世紀エヴァンゲリオン」ブームが起きました。その時、昔からの友人に模型雑誌を見せてもらい、「今はこんな造形材料があるのか」「自分でもフィギュアを作れるんじゃないか」「たぶん作れるはず」と思って、いきなりフィギュア会社に原型を持ちこんだんです。
──そのときは、何を作ったのですか?
稲垣 当時は、あまりアニメを見てなかったので、思いつきで“ゴジラ”とか“こち亀”とか……持ちこみ用に作ったのは、「エヴァンゲリオン」のアスカと赤木リツコでした。
──フィギュア造形をしてみようと思い立ったのは、過去にミリタリーミニチュアを作っていたからですか?
稲垣 ミリタリーミニチュアともうひとつ、小さい頃に雑誌で見たオーロラ社のモンスターのプラモデル。ああいう、小さいサイズの人間が何かしている情景模型が好きでした。たぶん、小さなパーツを組み立てると人間の形になる、その工程の面白さが、根底にある気がします。
──その対象は美少女キャラではなく、兵士やモンスターでも構わなかったわけですね?
稲垣 そうです。世間一般でいわれる美少女フィギュアのかわいらしさが、自分にはよく理解できなかったし、うまく作れませんでした。それで、自分の作品を持ちこんだフィギュア会社から商品サンプルを渡されて、その顔を参考にして作った原型が商業デビュー作になりました。キャラクターは「サクラ大戦」のアイリスでした。 原型師としてデビューする前、趣味で絵を描いていたのですが、「自分はあまり自己主張するタイプではない」「キャラ好きが高じて、絵を描いたり造形するタイプでもない」とわかっていました。
──では、美少女キャラが好きで原型師を目指したわけではない?
稲垣 どちらかというと、ミリタリーミニチュアの影響のほうが濃くて、最初のころは「もっとリアルな、おじさんフィギュアを作らせてほしい」と言っていました。今は、もっと興味の幅が広がりましたけど、積極的に美少女キャラに興味をもてない自分に危機感をおぼえたりもします。
──逆に「巨乳キャラしか作らない」人もいますし、「こういう属性が好き」といったフィギュア好きの人も多いと思うのですが?
稲垣 そういう、自分の趣味・嗜好を素直にフィギュアを作ったり買ったりしている人たちに対してコンプレックスを感じますね……。「自分は小奇麗なものばかり作りたがって、カッコつけてるだけじゃないのか?」と、悩むこともあります。 原型師になりたてのころ、「ときめきメモリアル」のガレードキットを見て、びっくりしたんです。パンツが造形されているとは聞いていたけど、あまりに生々しいので嫌悪感まで持ってしまって。そのパンツに、人間の体温や湿度まで感じたんですけど、それはキャラクターの体温ではなくて作った人の汗が染みこんでいる、という意味であって(笑)。同時に「ここまで思い切れない自分に、この仕事がつとまるのか」と、焦りも感じました。