アニメファンの飲み会というのは得てして、大喜利というか連想ゲーム的なものになりがちだ。「○○には××なシーンが出てくるよな」と誰かがひとこと言えば、ほかの誰かが「××なシーンといえば△△を忘れちゃいけない」と返してくる。アニメとアニメはそんなふうに見えない糸で繋がれている。キーワードを手がかりに、「見るべきアニメ」をたどっていこう。
今となってはなかなか信じがたいが、昔、アニメというのは「にぎやかしくて騒々しいもの」だった。夕食の前、親が忙しい時に、気を散らさないで“ブラウン管”を見つめてもらうには、飽きさせないストーリー展開、バトルや変身などの見せ場を20分強の時間にぎっちり埋め込む必要があった。
ところが時代が進んで、中高生がアニメを見ることが当たり前になってくると、こうしたヤングアダルト層は、子供よりもずっと集中して番組を見てくれる。そうなると作り手も「子供向け」というほどに「にぎやかに華やかにしなくてもいいだろう」と、引き算した演出に挑戦してくる例も出てくる。 セリフを引き算する、音楽を引き算する、カメラワークを抑える、ストーリーをミニマムにする……そういう試みが行われるようになる。
「ふらいんぐうぃっち」は、石塚千尋の同名原作のアニメ化したもの。青森県弘前市を舞台に、独り立ちのためにやってきた魔女・木幡真琴と、その従兄弟である圭・千夏兄妹の日常を描く作品だ。
この作品の魅力は、作中に流れているゆったりとした時間にある。真琴たちの普段の生活の中に起こる、ちょっとした事件とそのさざ波。カメラを引き気味にしたカットも多く、画面から落ち着いた雰囲気が漂ってくる。楽器数を絞ったシンプルな劇伴も、その雰囲気に貢献している。
たとえば第4話「桜の中の占い師」。これは花見のお祭りから始まる。屋台を見て回り、お化け屋敷に入る真琴たち。でも、お化け屋敷の中で腰を抜かしたりするくだりをおもしろおかしく盛り上げたりはしない。ゲストキャラクターである犬飼が出てきてからも、「事情があって犬っぽい姿になってしまった」というあたりでかなりギャグっぽくもできるところを、あくまで「クスリ」というぐらいの笑いに抑えている。こういう絶妙のさじ加減が「ゆったりした時間」の源なのだ。
「引き算から生まれるゆったりした時間」。アニメでそういう試みをした極初期の作品といえば、やはりOVAの「魔法のスターマジカルエミ 蝉時雨」をあげないわけにはいかない。
このOVAは、TVシリーズの途中にあたる夏の1日を描いた作品だ。「1日を描いた」といってもこのエピソードで事件らしい事件はまったく起きない。主人公の舞をはじめ、メインキャラクターたちの、いつもの1日が淡々と綴られていくだけなのだ。舞がエミに変身して、マジックを披露するというTVシリーズでは絶対欠かせないシーンもほとんどない。そんなコレといった出来事がない中、夕立が降り、その後に虹がかかるくだりがあり、そこがクライマックスといえばクライマックスになっている。公園で雨宿りをしていた舞は、雨が上がった時に、“何か”を思うのだが、それが何かは具体的には描かれない。(シリーズの結末を知っていれば、想像できなくはないが、そこまではっきりと描かれているわけではない)。「日常という時間」を描くだけで成立させるその描写力は当時のファンに強い印象を残した。
「平凡な1日を描いた」といえば忘れられない、「涼宮ハルヒの憂鬱」の「サムデイ・イン・ザ・レイン」は、まさに「蝉時雨」の子孫といっていいようなエピソードだ。
ご存じの通り「涼宮ハルヒの憂鬱」は、何かしら常識を越えた事件が起こるシリーズなのだが、本作だけは「まったくなんの事件も起きない晩秋の1日」を描いているのだ。2006年版ではクライマックスのエピソードが始まる直前に置かれ、劇場版「涼宮ハルヒの消失」につながる2009年版では最終回に置かれている。いずれにせよ、「ここ」が語り手であるキョンたちの(戻ってくるべき)日常であるということが、静かな語り口の中で示されている。部室の中を定点カメラで追ったような演出もあり、そういう部分からも「引き算の効果を意識した演出」の印象が残る。
そして現在の深夜アニメで「ゆったりとした時間」の作品が少なからず制作される背景には「ARIA The ANIMATION」のヒットの影響が少なからずある。2000年前後に一時期「ゆったりとした時間」のアニメが増えた時期があった。だがその後、そういった作品は漸減していった。その流れを変えたのが2005年の「ARIA The ANIMATION」だった。
テラフォーミングされた火星・アクアで、一人前のウンディーネ(ゴンドラ漕ぎ)を目指す灯里の日常を描いた本作は、天野こずえの同名原作のアニメ化。人気を受けてTVシリーズ、OVA合わせて4作制作され、2015年にはアニメ10周年記念作品となる新作「ARIA The AVVENIRE」も発表された。
「ゆったりとした時間」を描く作品は、TVアニメの成熟の中で生まれたのだ。
(文/藤津亮太)
(C) 石塚千尋・講談社/「ふらいんぐうぃっち」製作委員会