「彼女と彼女の猫 -Everything Flows-」は新海誠監督が自主制作時代に手がけた短編アニメ「彼女と彼女の猫」を原作とするテレビアニメシリーズである。のちに「ほしのこえ」や「言の葉の庭」を手がける新海監督の原点と言える名作を、テレビというメディアでどのように再映像化するのか。制作発表時からファンの熱い視線が注がれてきた。
テレビアニメ化に挑んだのは「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズをはじめ数々のヒット作を手がけ、現在はライデンフィルム京都スタジオの室長を務める坂本一也監督。初監督への心境や演出の意図、そして関西地域でアニメを作ることの意義まで、幅広く語っていただいた。
猫の主観から世界を描く
──「彼女と彼女の猫 -Everything Flows-」に参加した経緯について教えてください。
坂本一也監督(以下、坂本) ライデンフィルム京都スタジオが元請となる作品で監督をやってみないかというオファーを受けたことが始まりです。京都スタジオは2012年に設立し、5年をめどに制作元請ができる体制を整えていく方針だったので、僕が監督になるのはもう少し先のことだろうと思っていました。でも「彼女と彼女の猫 -Everything Flows-」はショートアニメだから京都スタジオでも元請ができるかもしれない。そう考えて、スタッフ全員と相談したうえで参加を決めました。
──新海誠さんが手がけた原作にはどのような印象を持ちましたか?
坂本 「ほしのこえ」以上に新海さんのテイストが凝縮されていて、原点にふさわしい作品だと感じました。個人制作にも関わらず世界観や映像をあれだけ作り込めているのは驚きですよね。テレビシリーズを手がけるにあたって、まずオリジナルの存在が大きなプレッシャーになりました。ただ、依頼を受ける前の条件として、企画サイドには「“新海作品”を作るというオーダーでしたらお断りさせていただきます」と提示させてもらったんです。“新海作品”は新海さんにしか作れないし、その作風を求められると、僕たちが作る意味がなくなってしまう。“新海作品”を目指すのではなくテイストを踏襲したうえで、京都スタジオに演出や絵作りを任せてほしい。そう伝えたところ新海さんが所属しているコミックス・ウェーブ・フィルムさんからは「20代の女性と猫にまつわるストーリーであれば好きに作って構いません」とお話を頂けました。原作のテーマさえ大事にしてもらえれば、あとは時代劇でもSFでも問題ないと(笑)。そのため、かなり自由に作ることができました。
──作品の方向性はどのように決めていきましたか?
坂本 最初に立ちはだかった問題は各エピソードの区切りをどう描くかでした。全4話のシリーズ全体を通してだけではなく、約7分の各エピソードでも物語を締めなければならない。“彼女”の人生の一部分を切り取ったような生活感のある作品にしたいと考え、1つのストーリーを4分割する方法はとらずに、日々の暮らしの中で心情が変化していく様子を描くことにしました。初期の案では各話ごとに春夏秋冬と季節が進む構成になっていたので、完成したフィルムにもその面影が残っているかも知れません。
──キービジュアルや本編で風景が印象的に使われているのも季節感を意識したためでしょうか?
坂本 そうですね。でも風景はできるだけ見せないと決めていたんです。彼女が飼っているダルという猫は、自分と彼女という価値観の中だけで生きています。基本的に彼女さえいればいいと思ってる子なんです。自分を拾ってくれた彼女の母親に対してもなついてないぐらいですから(笑)。ダルにとっては彼女と一緒に住んでいる部屋が世界のすべてであって、外の景色は窓越しから見える未知のものにすぎない。ダルの主観を通した世界を表現するため、風景を描くのは部屋の窓越しと回想シーンだけにしました。
──キャラクターの心象に寄り添った画面作りを目指したんですね。
坂本 はい。ダルの主観で物語が進んでいるので、ほかの人間もなるべく出さないようにしています。ただ最終話の前半は彼女と猫ではなく、彼女と母親の物語を描きたかった。そのため風景に関する演出も異なっています。第1話の彼女が部屋から出るシーンではドアの外を光で飛ばして見えなくしました。いっぽうの最終話では母親からの視点が挟まるため、ドアの外もきちんと描いて、ダルの主観ではない母と娘の世界を示しました。
──本作は部屋の中でストーリーが進んでいます。場面が限定されているコンテを切るうえで、気を付けたポイントはありますか?
坂本 フラットな絵作りはしないように心がけました。手描きなのでレイアウトにはどうしても嘘が含まれますが、パースを殺して部屋を平面的に描くといったことは避けています。結果的に難易度が高いコンテができあがり、スタッフから「これ本当にできるんですか?」と怖がられてしまいました(笑)。