アニメファンの飲み会というのは得てして、大喜利というか連想ゲーム的なものになりがちだ。「○○には××なシーンが出てくるよな」と誰かがひと言いえば、ほかの誰かが「××なシーンといえば△△を忘れちゃいけない」と返してくる。アニメとアニメはそんなふうに見えない糸で繋がれている。キーワードを手がかりに、「見るべきアニメ」をたどっていこう。
2016年1月の新番組の中でも話題作のひとつといえば「昭和元禄落語心中」。これは雲田はるこの同名マンガのアニメ化。評価の高い原作の魅力をしっかりとらえた脚色だけでなく、キャストの見事な落語や映像の切り取り方が巧みな演出など、アニメならではのプラスαが充実しているのも、本作が見逃せない作品である理由だ。
物語は、刑務所を出所したばかりの男が、昭和の大名人・有楽亭八雲のもとに押しかけるところから始まる。拝み倒した男は、八雲の住み込みの弟子となり与太郎の名前をもらう。与太郎は修行を積むうちに、八雲の過去に触れてはいけない部分があることを知る。そして、ある夜、八雲は与太郎たちに、自分と、今はもういない同門だった男・助六の因縁を語り始める。
プラスαに注目しておもしろかったのが第4話。この回は戦争が終わり、ようやく二つ目になったばかりの八雲(当時は菊比古)と助六の様子が描かれるエピソードだ。
師匠の家を出て2人で共同生活を始めた菊比古と初太郎。といってもまだまだ駆け出し。生活費を稼ぐために、菊比古は二つ目ということを秘密にしながらカフェで給仕のアルバイトをしている。
そこに現れる助六。生活力というものがまったくない助六は、お金が入れば呑んでしまい、生活は菊比古におんぶに抱っこ。寄席に一緒に上がる前に、一杯飲もうと酒代を無心にきたのだ。そして菊比古の仕事がはねた後、2人は寄席まで歩いて行く。
アニメならではの見どころはここから。
まず、往来に描かれた街路樹が柳なので、おそらく菊比古の働くカフェは銀座のあたりにあると推測ができる。そして柳の植えられた銀座通りを通って、2人は日本橋に出る。有名な麒麟像がアップで映し出される。麒麟の頭のうえに現在のように首都高速道路が走っていないので、「戦後まだそう経っていないころの風景だな」という気分がよく伝わってくる。
というわけで、今回のキーワードは「日本橋」。「日本橋」が印象的に登場するアニメをいろいろ探してみた。ちなみに「落語心中」の2人は、日本橋を越えてどこへ向かっていたかというと、神田、秋葉原を通って上野にある寄席を目指していた。途中画面には、旧万世橋駅の赤レンガ高架橋も映っている。大人の足にして小1時間ほどの道のりだと思うが、本編を見ると雪がちらつくほどの寒さだったようだから、案外歩くのはツラかったのかもしれない。
さて、その日本橋。現在の日本橋は1911年(明治44年)に開橋した第19代目だという。麒麟像には「日本橋から飛び立つ」というイメージを込めて、背びれのような羽根がついている。
この麒麟像が帝都を守るアイテムとして使ったのが荒俣宏の伝奇小説「帝都物語」。実写映画も有名だが、映画と同じく原作の前半部分をアニメ化したOVA(1991年)がある。
帝都の破壊を目論む謎の男・加藤保憲。彼はそのための霊的なキーとして、霊感を持つ少女・辰宮雪子を誘拐しようと試みる。加藤に対抗する陰陽師・土御門家は、加藤の帝都侵入を阻止する霊的バリアとして、日本橋に麒麟像を設置するのである。
実写版ではちょっと光ってみせるぐらいですぐ加藤に突破されてしまった麒麟像。アニメではまず、麒麟より先に橋を飾っている獅子像が加藤を襲撃。この2匹が敗れると、満を持して麒麟が登場。金色のドラゴンといった風格ある風情で加藤を攻撃するのである。(とはいえクライマックス前の噛ませ犬的なポジションであるのは変わらないのだけれど……)。
そして、やられてしまう麒麟像といえば忘れられないのが「機動警察パトレイバー 2 the Movie」(1993年)。これはご存じの通り、警察用レイバー(パトレイバー)を扱う、警視庁特車二課第二小隊の活躍を描く人気シリーズの劇場版第2作。この映画では、ある目的で東京に戦争状態を作り出そうとするテロ組織が登場する。そしてこのテロ組織の戦闘ヘリが壊すもののひとつに、日本橋があり、麒麟像が登場するのである。
どうしてテログループがわざわざ橋を落とすかというと、この映画のモチーフのひとつに「インターフェイス=コミュニケーションのための接点」というものがあり、通信・放送用のアンテナなどが破壊される中に、物理的インターフェイスとして「橋」が選ばれたのであった。確かに「麒麟の像のある橋」というのは存在感十分だから、「橋を壊す画」のためには最適ともいえる。
とここまではすぐに「日本橋」が出てくるアニメが思いついたのだが、あと1本(この連載は一応毎回4本は紹介するという縛りがあるのです)がなかなか思いつかない。
ちなみに日本橋は1603年、徳川家康の発した道路網整備の命令に合わせて、木造の橋が架けられたのが最初という。五街道の起点として浮世絵にも盛んに描かれている。
で、浮世絵といえば葛飾北斎の娘・お栄を主人公にした映画「百日紅~Miss HOKUSAI~」(2015年)。杉浦日向子の原作をアニメ化した本作品は前半に両国橋の光景が登場する。当然、スタッフは両国橋の資料を調べて描いたのだが、ひとつわからなかったことがあるそうだ。それは橋の端が陸上の道と接しているたもとの作り。そこでアニメではそこだけ日本橋の絵を参考にしたという。ちなみに。日本橋は橋のたもとの部分が石組みになっているそうだ。というわけで「百日紅」の両国橋は、たもとだけが“日本橋”ということで、「日本橋」の回を締めくくりたいと思います。
(文/藤津亮太)